第8話







 ――『綾香』



 名前を呼ばれ、私はすごく嬉しくて表情を輝かせた。

 そして、声の発した人物の方へと駆けて行った。

 『いずみお兄ちゃん』

 ニッコリと笑って私はその人物――水瀬 泉(ミナセ イズミ)――の名前を口にする。

 『綾香は今日も元気だね。』

 いずみお兄ちゃんは私の頭を撫でた。

 『うん!!』

 照れながらも、頭を撫でられるのが嬉しくて笑った。



 『泉君、いつもすまないね。』

 お父さんがスーツ姿でわたし達のところへ歩いてきた。

 『いいえ、とんでもありません。綾香と会えるのを毎日楽しみにしてるんですよ。』

 『そうか、それはよかった。それじゃ、仕事が終わるまで綾香をよろしくね。』

 そう言うとお父さんは私の頭に手を乗せ『良い子にしてるんだよ』と言った。

 『うん!』

 私が素直に返事をするとお父さんは嬉しそうに微笑んだ。



 『お父さん、お仕事がんばってね。』

 『ありがと、それじゃお父さん行くね。』

 お父さんの姿はビルの中へと消えて行った。



 それを見届け、いずみお兄ちゃんと一言二言会話をした後、

 私はいずみお兄ちゃんに手をひかれお父さんの行ったビルの中へと入っていった。





 『水瀬コーポレーション』と書かれたビルの中へと……――















 ――『お母さんが死んじゃったの…。

    お父さんもお仕事忙しくなるから、綾香お家でお留守番してなきゃいけないの…』

 瞳に涙を溜めながら私は必死に用件を言った。

 『うん、そうだね。淋しくなったらいつでも僕のところへおいで。』

 いずみお兄ちゃんは私の頭を優しく撫でた。



 そのとき、泉お兄ちゃんが怪しく笑っていたことに私は気付かなかった…――















 ――『い…ずみおにい…ちゃん…?』



 明らかに私の瞳には恐怖が浮かんでいた。

 今目の前にいるのが自分の知っている人じゃない気がして…恐い…。



 『ぃ…ゃ…いやぁ〜!!!!』――













 ッバサ



 綾香は跳ね起きた。

 (夢…だったんだ…。なんで今更…。)

 うなされていたせいか、綾香は心なしか息が荒い。

 額にはうっすらと汗が滲んでいた。







 ガチャ







 不意に聞こえた音に驚き、綾香はビクリと体を震わせた。



 「っあ、起きてたんだ。」

 雄二はひょっこりとドアから顔を覗かせた。

 綾香は現れた人物に安心感を覚える反面、なぜここにいるのかと怪訝に思った。

 それを悟ったのか雄二が慌てて話し出した。



 「あの後、公園で綾香が気を失ったんだよ。

  それで、もう暗かったしその場に置いとく訳にはいかないだろ?だから俺んとこに運んだんだよ。」

 (あ、そっか。雄二から逃げて公園のベンチに座ってて…そしたらあいつが……)

 綾香はそこまで思い出すと体を抱え、震えあがった。



 そんな綾香を不審に思った雄二は、綾香の顔を覗き込んだ。



 見開いた綾香の瞳には、ありありと恐怖が映し出されていた。

 「あや…か…?大丈夫か??」

 雄二は心配そうに声をかけた。



 すると綾香はハッとしたように顔をあげた。



 「っえ?あ、うん。大丈夫…大丈夫だよ…。」

 綾香はまるで自分に言い聞かせるように呟き、また俯いた。

 その姿はどこがぎこちなく、余計に不安をかりたてる。





 「あのさ――いや、なんでもねぇや。わりぃ。」

 「……?」

 綾香は言葉を濁した雄二を不審に思い顔を上げた。



 しかし、雄二が顔を逸らしていたため、表情を読み取る事ができなかった。







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